第十六話 出会いは突然


住居の灯りが点在する 良く整備された路を
渓沿いにひた走る 車のライトに照らし出された
路肩脇に見え隠れする流れを 車窓から覗き
込むと! 月明りに浮かび上がる もう此れは
如何にもと云った渓相に 思わずウキウキしだす

赤い鉄製の橋を渡り右折すると 路が若干広く
成ったスペースに 車を入れた。
夜明には もう僅かとなり コーヒーを啜りながら
取り合えず身支度にと掛かる  生い茂る木々の
間から 垣間見た其の渓は 水量豊かに穏かで
大ヤマメを狙うには もうこれ以上無いと云った
表情で 其処に有る。
この辺りは 釣師の訪れる事さえ余り無いのか シーズン終盤のこの日でも 水辺へと下る
斜面には 踏み後さえ残らない!   膝上丈の緩い流れを徒渉して 人間の頭大の石が
積み重なる 対岸の川原へと立った  正面に枝谷が出会う浅めの淵を 華厳硬調三間で
0.4号のハリスにミミズの餌で振り込んだ  一投目から腰程の深さで ”フワーッ!”とした
糸ふけを目印が示し出すと 思わぬ早い出迎えに慌て つい強めの合せを呉れてしまった!
しかし魚は水面に浮かない 良形らしい! 肘を前方に押し出すような容で 竿の張りを利用
すると 魚は割りと簡単に寄り 手元の岸辺へと引き摺り出された 手にした物は 体高のある
丸々とした九寸ばかりのヤマメで ”ドスンドスン”ともがき砂まみれとなる・・・・・ もう流れの
何処からでも 渓魚は姿を現し 其れは七寸前後のヤマメに 時折尺越えの岩魚が8対2の
割合で混じりだす展開となって来る みる々魚篭の中は渓魚で溢れ ついに其の中へと収まり
きれなく成りだし 先刻から この遡行の関心事は 未知の渓への探索へと変わっていた。
廊下状となり 大岩が組み重なる落込みの連続に
尺クラスのヤマメは もう何処にでも 潜んで居そうな
雰囲気を漂わせだす・・・・その予感通り 黒の大岩
二個により 堰き止められた 規模の小さい淵 その
流心向こうの弛みから ブッツケ辺りに沈む流木目掛け
”スーッ!”と 目印が引き込まれる 其の動きに逆らう
様に やや強引に流心を横切らせ 荒っぽく引き抜いた
そいつは 尺を悠に超えたヤマメで 同じ様に丸々として
重量も中々の物だが ずっと感じていた思い この渓の
ヤマメ 何かしら最後の抵抗感に 不満が残るのだ。

背の高い 二段堰堤の右岸壁を直登し 上流へ出る
ダラダラと 広い瀬が続き 其の先で渓が大きくカーブ
した辺りから 再度ときめきを感じさせる表情と変わる
其処は 背の高い深い草付きに覆われ 車道は左岸
高くにと追いやられ 渓通しにでしかこの場所に立つ
事は出来ないものと成る。
流れの中に でんと収まる大岩を乗り越える 其の岩は 所々ボツボツのいぼ状の突起が有り
取り付き易い事で 割とすんなり先へと抜け出すことが出来た 恐る々降り立った水際は絶好の
ポジションと成り 新しいミミズに付け替え振り込んだ! ・・・”そら 来た”・・・ 上流向けた目印の
走りに 強い会わせを呉れ 一気に竿を溜め込む・・・が魚は川底から動かない ”此れは今までの
ものとは 違う?”
 まだその影さえも見せぬ相手に 体中の活気が 竿をもつ手を通し其の先まで
満ちて行くのを感じる ・・・”ユラリ!”・・・ ゆっくり 々動き出した相手は 流心に乗ると”スッ!”
下流向け走った! 其の動きは岩魚等では無く ヤマメの遡上魚風だ・・・・・。
一度魚の突進を凌ぐと 下流へ回り込み立ち込む魚の逃走ルートを塞いだ・・・幾度かのいなしの後
急に抵抗を諦め? 流れ脇の弛みに浮いた ”でかいぞ!” タモを持たずの入渓を悔やむも もう
仕方無い 0.4号のハリスを気遣いながら 腹部辺りまである水中へ立ち込む 魚は目前の水面に
半身と成り顔を出す 充分に空気を吸わせ そっと鰓の周りに左手を回す   一気に握り締めると
川岸へと走る ・・・其の魚は でかかった・・・ 鰓辺りを握る腕の 肘下を 魚の尾鰭が叩く。
何より重量も可也のもので 快心の出会いと成った その魚体は大きさの割に 体側の模様さえも
はっきり確認でき 其のままの容姿で巨大化したようだ ”こんなヤツがこの渓には潜むんだ!”


この渓も時の経過と共に 其の上流部に出来た レジャー施設と 其れにより目立ち始めた 人の
行き交いと共に 渓に立つ釣人の姿 出迎える渓魚の形も淋しく成って居ます。

                                                   OOZEKI